2017年5月31日水曜日

三世今藤長十郎三十三回忌追善 今藤会

5月28日は今藤会の三世今藤長十郎の三十三回忌追善演奏会でした。

こんな時でもないと着ないなーと思い、早起きして着物を着付けて、7時45分にS駅で姉弟子Nさんと待ち合わせ、新幹線に乗ったのでした。かなり暑い日で少々心配。
今日のご馳走は、染五郎のお囃子、仁左衛門の三味線「勧進帳」、幸四郎の立方という番組がご用意されているそうなのです。

歌舞伎座での大規模なお浚い会。午前中から夜10時近くまでぶっ通しで47番組(虫六はけっきょく最後まで拝見できませんでした。日帰り計画だったので)。うち41番に出演した当代家元がなにしろ凄い!出番のお弟子さんの脇に付いて、伴奏し、演奏が終わると“くるり”と背中を見せて雛壇を下り、盆が回る間に背景(今藤の紋がついた襖…なのに引き戸じゃない!)を抜けて、半回転するとすでに壇に乗っていて、演奏がはじまる。まさに超人的な集中力とスタミナ!仰天しました!因みに家元は女性です。

この舞台でのお姿にも圧倒されますが、この日まで弟子が舞台に上がれるようにお稽古つけて仕上げているのであり、また、この会をプロデュースもしているのだなと思うと、このパワー、虫六の想像力の器からはみ出ます。さまざまなお弟子さんたちの協力あればこそでしょうが、あの背中の帯を見せながら襖の向こうに抜けていく姿…目に焼き付いてしまいました。
今藤の方々、誰もあの方には頭が上がらないだろうなぁ。パワフルだわー、なんだか凄く魅力的な方だと思いました。

今回の演奏会のお目当ては豪華な賛助出演の方々。今藤からは尚之さん…は当然として、(杵屋)東成、直吉、勝四郎、巳津也の唄方を並べて唄わせ、稀音家祐介に上調子を弾かせ、呂船が鼓を打てば、名生が笛を吹く。…そんな舞台の真ん中で、立三味線を弾く…。なーんて贅沢は畏れ多くて夢にも出ませんが、そんな夢の舞台がありました。しかも次から次から。流派をこえたオールスターな檜舞台。歌舞伎舞台ではお目にかかれない組み合わせに感謝。

ところで、家元が一息ついて任せた舞台に印象的な番組がありました。
京都宮川町の美佐藤さんと美佐緒さんが掛けた「楠公」。上手かったー、聞き惚れました。京の芸妓さんの実力たるや凄い。この時ばかりは(?)脇についた黒紋付の師匠たちも本気モードで迫力の演奏。名生さんの笛に身慄いしました。

今藤会は祇園・宮川町の芸妓さんの長唄にお稽古つけているようで、きれいどころが沢山舞台に上がっていました。おばちゃんながら虫六も鼻の下が伸びちゃうよ。

天王寺屋の鷹之資は、三味線を今藤について勉強中なんですね。昨日は「供奴」で一番出てました。たまに手元を見るのはドンマイながら丁寧な良い演奏で好感。オーラを感じる佇まいはさすがは役者!7年前に見た松永家元会での壱太郎の一番*を思い出しました。仕込みの差は、いづれ実力の差に。

*その時の壱太郎さんはまだ大学生だったと思うけれど、「鏡獅子」を演奏している途中で三味線の糸が切れたのですが、顔色一つ変えず、後見に代えの三味線をもらって何事もなかったように弾いていたのでした。その舞台度胸に舌を巻きました。その時の後見は今は亡き和寿三郎師匠で、この方の糸を張り替える早業にも唖然としたものでした。…和寿三郎さんのお三味線素晴らしかったのになぁ。

…若者と言えばイガグリ頭(野球部か?)の中島悠暉君の「五條橋」が上手かった。嬉しそうに弾いてた。聞けば長龍郎師匠のご子息とか。成長が楽しみですねー!注目です。それにしても、今藤会は若いお弟子さんが多いと感じました。これも現家元の吸引力でしょうか。好い追善の会でした。

さて、ご馳走タイムがやってきまして、染五郎「藤船頌」。銀屏風紺毛氈に模様替え、染高麗は立たせた体勢ですんごくオーラありました。舞台の空気が一変。鼓、さざ波が迫って来るような神妙な演奏。
で、次は仁左衛門の勧進帳…だったけど、ここで時間切れ( ´罒` )終電間に合わず、幕が上がる前に会場をあとに。無念じゃー。


2017年5月29日月曜日

長編ドキュメンタリー映画「歌舞伎役者 片岡仁左衛門」

ずっと見たかった十三代片岡仁左衛門の長編ドキュメンタリー映画。全編6部を、5月3日(水・祝)、12日(金)、16日(火)と3日に分けての上映会。

東京や大阪で上映して話題になっていたのは知っていたものの、あまりの長編ゆえに数日に分けて組まれる日程に上京する身としては諦めざるを得ず、また、マイナーな記録映画ではあるので仙台での上映はまず無いだろうなー(´O`)°゚と諦めていたのでしたが、まさかの全編上映!とりあえず休みをもらって万障繰り合わせて観て参りました。
これを見逃したら一生見られない(!)と思ひまして。
以下、ツイッターで覚え書きのつもりで連打してた内容とだいぶ被りますが霧散防止のためまとめておきます。

それから、基本的にネタばれの記録です。これから見る方はスルーしてください。
(ちなみに文末にご紹介しますが、なんと、この上映会が好評だったので、7月にアンコール上映会が決まったそうです!)



5月3日(水・祝)

会場の緑水庵はビルの谷間のお茶室です。和室にスクリーンを設えてのこじんまりした上映会。こんな形でも拝見することができて、主催者(「右岸の羊座シネマテーク」、実質的には「仙台映画村」とのこと)に感謝。お客さん、20人…いたかな?
(文中、十三代仁左衛門は「仁左衛門」あるいは「十三代」と表し、十五代仁左衛門は「孝夫」「十五代」「当代」としています)

第一部「若鮎の巻」
十三代が指導監修をしてこられた「若鮎の会」の稽古風景から本公演まで。音にこだわり、間を口伝えに、穏やかだけど厳しい指導。普段、脇役しか付かない家の出でない若い役者に丁寧に教える。芯の役をやった経験が脇に活かされるという仁左衛門さん。それを側で支える長男の我當さん。

一条大蔵卿の稽古をつける仁左衛門。公家言葉のニュアンスにこだわり、繰り返しダメを出す。若いうちに義太夫をやると早く飲み込めるんだが、今の人にはなかなかそこまで言えないと。3時間半ぶっ通しで稽古つけて、弟子に手をとられて稽古場を去る。

第二部「人と芸の巻 上」
仁左衛門晩年(84〜88歳)の3つの舞台映像。最初は「沼津」の絶品平作。相手方・十兵衛は孝夫。情に溢れた舞台で記録映画なのに泣きそうになった。この役は我當さんに継承されたんですよね。亡くなる前に十三代の「沼津」観たかった…。

次は国立劇場での『神子仕立両面鑑』「大文字屋」の場。舞台稽古と本舞台。義太夫が大好きだった十一代仁左衛門が舞台化した片岡家所縁の演目。舞台の下から演出をつけながら自然にセリフが出て手足が動く。身体が覚えた芸。国立なので織田紘二さんが舞台監督(?)してる。若っ!

最後は京都南座の顔見世『寿曽我対面』の工藤祐経。セリフ回しひとつで五郎役が演技しやすいようになるとの芸談。この年仁左衛門は南座の顔見世に35回連続出演を果たしたということで、劇場から表彰され、同時にそれを支えた功績で松嶋屋の番頭さんも表彰されるところまで。こういう終わり方は良い映画だなと。

それにしても、仁左衛門さんの眼鏡がおしゃれ過ぎる。インタビューのたびに違うのを掛けておりました。眼鏡の奥のちょっと垂れた優しい眼が当代にとても似てる。…でも、この頃はこの眼がすでにそうとう見えなくなっているんですよね( ≖_≖​) 


5月12日(金)

ドキュメンタリー『歌舞伎役者 片岡仁左衛門』第2回目の上映会。今日は第三・四部。楽屋での芸談、舞台をはなれた仁左衛門のご様子、片岡家の皆さんのインタビュー中心。

第三部「人と芸の巻 中」
始まり、カメラが追うのは仁左衛門の足。緑内障でほぼ失明状態でありながら舞台に立ち続けた仁左衛門。『寿曽我対面』の工藤の衣装を着けたまま舞台の寸法を歩いて測る。面をつける能役者もほとんど視覚を頼らないと聞くが、舞台寸法も大道具も変わる歌舞伎では至難の技に違いないと思う。

楽屋で化粧、水刷毛を使って白粉をしっかり塗る。「これは先代の歌右衛門さんに教えてもらったの。今の人は白粉が落ちるからって勿体無がって水刷毛使わないけど、これをやるとちゃんと付くの。ほら、手にも付かないでしょ」。うーん、そういえば白粉で襟を汚してる役者さん、よく見ますね。

十三代目の菅丞相に秀太郎の苅屋姫。扇の使い方が美しくて陶然とする。この扇を形見に渡してやるわけですが、その場面にもこだわりが。(舞台映像残ってないですかー!!キョロ(・_・ )( ・_・)キョロ)いやー娘は不憫だけど、菅丞相は重い立場にあったわけで、すべき仕事も役割も失ったわけで、そんな偉人の失意たるやいかに…花道を複雑な思いで悠然と下がって行かれ…!!ん、演技に引き込まれて、(仁左衛門が)見えてないこと忘れてました。
輝国役の福助時代の梅玉さんが美しかった…。

仁左衛門さんの三味線の腕前は相当らしい。秋山加代さんと祇園の芸子さんの話。サクッと『勧進帳』を弾かれて仰天したと。義太夫も上手くて『堀川の猿回し』を1人で語ったのが凄かったと。それを裏付ける祇園遊びの一コマ。秀太郎に語らせチャリ担当。(そういう素養が吉田屋に生きています。炬燵で夕霧を待つ場面で、別の部屋から聞こえてくる音曲(地唄の「ゆかりの月」の一節)にあわせてエア三味線をつま弾く場面がとても自然。)

仁左衛門さんの電車好きは有名。松本にお呼ばれして特急電車の旅を嬉しそうに満喫。歌舞伎座出演の時は、東京自宅の高輪のマンションとの間を地下鉄など使ってご出勤。仁左衛門さんが、京急の赤い電車を降りて階段登ってる。笑。

片岡家のお盆は大わらわ。12日の昼、お墓参りをして、盆火を焚いてお迎えすることをお知らせに。お供は我當さんと愛之助少年。帰宅したら一家総出で盆飾りを設える。お釜で大量のあんこを炊いて草鞋みたいなおはぎを作るそう。信心深い仁左衛門さん、手探りで蝋燭を立てる。手のアップ。(第三部は、足からはじまり手で終わる)

第四部「人と芸の巻 下」
『東海道四谷怪談』についての芸談。「怪談は全体がやっと見回せるくらいの暗さでみるのが怖いの。薄暗くて、おるか?なにかおる!?って。今は真っ暗にして、幽霊が出るところだけ明るくするでしょ。あれじゃ怖くもなんともないよ。お岩さんも、受けの宅悦の芝居で怖くなるんだよ。宅悦の役は面白いんです。」

番頭さんと家族が証言する十三代目。研究熱心な芝居ファーストの役者人生。性格は円満で温厚、我慢強い性格。眼が見えなくなって不自由な筈なのに、決して癇癪を起こしたり、家族に当たったりしないと口を揃える。(孝夫さんは1回だけ叱られたことがあるそうです。笑)。

そんな仁左衛門さんが家財を投じて家族を巻き込んでやり遂げた自主公演「仁左衛門歌舞伎」。上方歌舞伎にとってとても重要な出来事だった。支えた喜代子夫人の言葉が詰まる。優しいけれど、一度決めたらブレない人。仁左衛門さんが人生でいちばん嬉しかったのは?との質問に、初日の舞台挨拶で幕外に出たとき満場の拍手をいただいた時だったと感謝の言葉が返る。

『吉田屋』の伊左衛門は八代目の当り役で松嶋屋にとって大事な役。生涯に17回も演じた。紙治や徳兵衞とも違い、普通五本なら五本で始める最初の音を六本と高くして始めなけりゃいけない。83才で演じた伊左衛門みずみずしくて驚愕。そして当代が生き写しでまたびっくり‼️

5月16日

いよいよ最終回。今日は第五・六部。1989年歌舞伎座の『恋飛脚大和往来』の稽古と本舞台、最晩年の記録です。緑水庵、雨上がりで綺麗。

第五部「孫右衛門の巻」
水落潔さんのインタビュー風景。上方の芸について。役はいただいてから少し稽古するくらいのもんで、普段は三兄弟とも、踊り、義太夫、三味線、そういう稽古を欠かさずやる。孝夫「父と私の距離は“匂い”です。時代が変わって遊びの質が違いますからね。でも「芸風」は伝えていきたい。」と。

*このインタビューは、仁左衛門さんの写真集『風姿』のためのものだったみたいです。ドキュメンタリーの撮影と写真集の編集が同時期に進んでいたので、両方みると一層面白いかと。

地方さんやお囃子も江戸と上方ではだいぶ違います。今は東京から呼ばないとならないから求めきれないけども。我當さん「最後に大阪にいらした三味線の方が亡くなってしまはって、その方が弾いてる時は三味線が耳に入ってこなかったけど、いまは東京の方が弾かれるのは耳に障りますね。」

『恋飛脚大和往来』を仁左衛門の演出で歌舞伎座ロビーで稽古。忠兵衛・孝夫、梅川・雀右衛門、八右衛門・我當。みな素顔。仁左衛門さんは父親・孫右衛門でご出演。親子の名乗りが出来ないまま忠兵衛の背中を摩りながら今生の別れを惜しむ場面は、情が滲み溢れて、お稽古でも、本舞台の場面でも涙腺崩壊しそうになった。

本舞台の孫右衛門・仁左衛門さん。花道を、傘さして杖をついて舞台に向かって歩く。視覚障害が進行してほとんど見えていなかったという。花道のつけ根に目印に赤いランプがセットされていたけれど、近くまで寄ってもなかなか見えないようだった。花道の下から心配顔の我當さんが声をかける。本番が撮影された翌日、仁左衛門さんは花道から落ちたそうです。でも千穐楽まで舞台を休まなかったとか。恐るべし役者魂。

「封印切」は、忠兵衛・孝夫と八右衛門・我當の兄弟共演。このドキュメンタリーを見ていると、この場面は八右衛門役で面白さが違ってくるんだということが分かる。そういう意味で、我當さんの八右衛門は実に面白い。忠兵衛が悔しがってつい乗せられてしまうテンポが絶妙。


第六部「登仙の巻」
もうほとんど最晩年の十三代。自宅では、あまり身体を動かす事もないような過ごし方なのに、舞台に上がると、しゃんとして声を張りセリフをのべる。役者とは不思議な生き物なり。亡くなる94日前まで舞台に上がり、最後の2つの舞台は初役だったとは、ただただ恐れ入る。

平成4年12月の南座顔見世では、片岡家総出演の『菅原伝授手習鑑』「車引」。菅丞相が当たり役の仁左衛門さんに時平の役がつく。大道具の階段を5段登るのもやっと。お弟子さんに支えてもらいながら幕内で拵えを作る。兄弟が演じている装置の後ろで手を合わせ拝む十三代。

この年の顔見世の最中に結婚62年のお祝い会。せっかちな仁左衛門さんは挨拶しながら自分で乾杯の音頭をとってしまう。この時、孝夫さんの姿もありますが、この後の映画には登場しません。この会のあと大病されて闘病を余儀なくされたんですよね。そんな時期が重なってると思うと、ドキドキする。

片岡家の台所では、次女蓉有子さんと五女静香さん担当。「うちは毎日揚げものしてる!」と。天ぷら、フライ、昨日は鰻で、お肉も好きだし、刺身もマグロとか好きですしね…。食欲旺盛、パワフルなんです、十三代目。

久しぶりにお客さんを迎えて芸談。松王丸にもいろいろな型がある。父十一代目の作った型がどうも自分に合わないと悩んだ仁左衛門さん。父にそう訴えると、「しょうがねえな、じゃあ波野(播磨屋・初代吉右衛門)んとこ行って教わって来い!」で、播磨屋さんに教わりに行ったとか。でも、仁左衛門さんは六代目(菊五郎)の型が好きで、自分で納得がいくようにブレンドしてやっていると。

最最晩年、視覚を失ないながら命を削って立ち続けた舞台には、必ず息子や孫の姿があったのだけど、ただ1人孝夫さんは共演の舞台に立てなかった。父の耳には入れずに、病院の集中治療室で病気と闘っていたからです。映画では描かれていませんが、嵯峨野の自宅の椅子に大人しく座りながら、仁左衛門さんは孝夫さんに会いたい気持ちを我慢して飲み込んでいたのかな…などと想像して、胸が詰まった。

ドキュメンタリーを拝見すると、我當さんが若旦那としていかに十三代目を支え続けて来たかが瞭然ですが十五代目は孝夫さんが継いだ。このことの意味の大きさがスゴいと思う。上方歌舞伎の不振の時代を父と乗り越えた兄の決断。プレッシャーを引き受けた弟。父が託した希望。

思い出すがままの箇条書きですみません。もっともっと中身が凝縮した映画で、ぜんぜん書ききれませんが、願わくばDVD化して発売して欲しい。そして、公共図書館には1セットづつ収蔵してほしい内容だと思います。

****
【朗報】
ドキュメンタリー『歌舞伎役者 片岡仁左衛門』は、好評につき、なんと7月14・15日に3巻づつせんだいメディアテークでアンコール上映することが決まったそうです。詳しくはせんだい映画村さんにお問い合わせくださいね。


2017年5月17日水曜日

赤坂歌舞伎2017『夢幻恋双紙 赤目の転生』_こんぴら歌舞伎2017弾丸ツアーレポート⑤

これ、こんぴら歌舞伎ツアーと言っていいのか憚られるのですが、虫六的にひとくくりの時間軸ですので、今回はこのお芝居で〆でございます。

赤坂歌舞伎2007『夢幻恋双紙 赤目の転生』。勘九郎さんが人気演出家の蓬莱竜太さんにラブコールして1本書いてもらったという新作歌舞伎。中村屋、攻めの公演です(たぶん)。

昨日までは江戸時代の芝居小屋で熱に浮かされておりましたが、今日は東京のど真ん中(?)赤坂の幟の前に立っております。タイムワープしたみたいッス。

ははあ、「赤坂ACTシアター」の上にまねき看板があげられておりますよ。みんな仲良く1列です。猿弥さん、鶴松くん、いてうさん…存在感ましましですね。っていうか、同じ大きさなので、鶴松くんが座頭みたいに見えるのは私だけ?


○赤坂大歌舞伎

平成29年4月6日(木)~25日(火)

蓬莱竜太 作・演出
新作歌舞伎
夢幻恋双紙(ゆめまぼろしかこいぞうし) 赤目の転生(あかめのてんせい)

太郎    中村 勘九郎
   中村 七之助
剛太    市川 猿弥
   中村 鶴松
末吉    中村 いてう
源乃助 中村 亀鶴
善次郎 片岡 亀蔵

「どこにでもありそうな原っぱ」に長屋の子供たち。訳ありで引っ越してきた歌(七之助)という少女に恋い焦がれる赤目の太郎(勘九郎)。歌には悪そうな隻眼の兄・源蔵(亀鶴)。二人は夫婦になる。太郎は優しいけれど生活能力がなく、歌との生活は破綻…太郎は、源蔵の悪事の手伝いをさせられながら、ついには命を落とす…と思ったら、あの原っぱの同じ場面に立っている…。また同じセリフがループ状に繰り返され、次に出て来た太郎は、万能選手のパワハラ男…。
歌への思いは同じなれど、なんど生き返っても上手く行かない太郎の人生。最後は…。
…目がね…、最後は禁断パターンかなって、ちょっと分かっちゃいました。

太郎が変わるにあわせ、脇のキャラクターも微妙に変わるものの、役者に似合った脚本で、アテ書きなのかな?冒頭の「原っぱ」で歌に似顔絵を見せ合う場面で、鶴松・静が木の下に逃げて「静は描いてないからね—」とすねていうのが可愛かった。もっとも、さすがに4回繰り返されるとちょっと飽きましたが…。
鶴松君は、大人になってちょっと声が太くなってしまったんですね。

勘九郎さんは、なぜだか舞台で脱ぎたがってないか?身体に自信があるのは分かるんだが…見せたいのか、見せたいんだろうなー ( ̄◆ ̄;)
七之助・歌が、質種に入れた感じで着物を減らしていき、後ろ姿だけでうらぶれていく時間の経過を見せたところは上手だなと感心しました。

全体的には勘九郎さんの得意領域という感じで、意欲もあり面白かったけれど、新作歌舞伎というよりは、ストレートプレイ寄りの時代劇って感じでした。コクーン歌舞伎があっての赤坂歌舞伎なんだろうなと、芝居の最中にコクーンで見たあの芝居やこの芝居がフラッシュバックしてしまいました。

「歌舞伎役者がやればなんでも歌舞伎になる」と勘三郎さんはおっしゃったそうですが、本当にそうなのかな。(いや、勘三郎さんに言われると説得力はあるんですけどね)。現代的なテーマや素材で作っても歌舞伎にはなると思うけれど、歌舞伎という様式のデパートみたいな演劇手法の本質を掴み、その寸法に収められるかどうかで、面白さはだいぶ違ってくると思う。
「研辰の討たれ」や「ワンピース」は、その点で成功していると思うし、この兄弟の最高傑作は、虫六的にはまだ「天日坊」です。あれ、再演して欲しいなぁ。

それからね、これは余計なお世話かも知れないのですが、新作歌舞伎っていう時に、役者だけが生き残れば歌舞伎が生き残れるって言うものでもない気がするんですよね。黒御簾も、竹本や地方も、道具も、鬘も、歌舞伎を支えている全てが新しいことに挑戦できるような作品を生み出してもらいたいなと思うんですよ。ほんと、好きな事言って申し訳ないけれど、でないとやっぱり先細りする気がするんですよね。

というわけで、最後は荒けずりながら伸びしろいっぱいの芝居をみて、満腹で帰って来た黒翅ツアーでした。


2017年5月11日木曜日

仁左衛門の『お祭り』_こんぴら歌舞伎2017弾丸ツアーレポート④

さて、2日目の23日(日)は今年のこんぴら歌舞伎の千穐楽でありました。千穐楽の恒例行事として小屋が開く前に「三味線餅つき」があります。

荷物をまとめて、お世話になった虎丸旅館さんに一時預かりをお願いし、靴を履こうとしたらふと目に入ったこの絵看板。
虫「おんやー、『身替座禅』ですね。今年のために出されたんですか?」
おかみさん「いえいえ、いつもあるの。たまたまウチに回って来たのがこれだったんだけど得しちゃいました。笑。今年の仁左衛門さんの、良かったわねー( ^ω^ )」
虫「はい〜〜〜っ〜〜(*≧m≦*) 」

そんなわけで、良い場所で見ようと早くに出かけたはずでしたが、小屋前にはもうけっこう人垣ができており、最前列には行けなかったのでした。特に、虫六の前には長身の若者が、昨日の御柱のごとく立っていて後ろの人たちみんな見えないの。(人なら話は通じるだろう…)と、おばちゃんパワーで「大変厚かましくて申しわけないけれど、あなた大きいからちょっとしゃがんでくださると、後ろの人が10人くらいみることが出来ますよ…」と声を掛けたら、少し怪訝な顔をしつつもグループ一同(4人くらい)しゃがんでくれたので、見晴らしがぐーんと良くなりました。(周りの皆さんからテレパシーで大向こうを受け取った虫六でした。笑)
若者よ、空気読んで気を利かせようよ。たのむよー。

琴平高校生のお囃子クラブの生徒さんたちの「こんぴらふねふね」の伴奏にあわせて、餅つきするんですが、見に来たお客さんに何臼か先についてもらって場を温め、待ってました!って感じで、今度は役者さんが順番に出て来てお餅つきをします。(別途折り込みページ参照)
地元のみなさんがこの公演を盛り上げようとしてやっていて、役者さんが華を添えてくださっているという感じなんでしょうね。殿(しんがり)は、襲名披露の雀右衛門さんが羽織袴で登場してくださいました。襲名おめでとうございます!
仁左衛門さんが登場しなかったので、お目当てにしていたご婦人方はブーブー言っていましたが、大幹部は出ないのも恒例らしいッスよ。(「お祭り」切りの演目ですし、まだ休んでていただきましょう…)

ついたお餅はお客さんに振る舞われました!虫六子のお土産に持って帰ろう。

さあて、2日目昼の部の席は…、1階い9の枡席。
比較的うしろっ方ですね。

ブドウ棚前方に掛けられた、役者の紋付き提灯。松嶋屋(仁左衛門)の七ツ割丸二引とか、京屋(雀右衛門)の京屋結びとか、明石屋(友右衛門)の丸十とか、松嶋屋(孝太郎)の追いかけ五枚銀杏とか…。あれっ?松嶋屋の紋が2つあるけど、仁左衛門さんと孝太郎さんは別の紋使ってるんだっけ?

あれれ、枡席に座椅子が置いてある。前は無かったがなぁ。狭い空間がいっそう狭くなって後ろの人が足を伸ばせなくなっているぞ。

気の利くお客さんたちは座椅子を横に配置したりして、枡ごとに適当に場所を作っているみたいなので、我らも仮花道と歩み板の角に背をずらしたり座椅子をとっぱらったりして隙間を作りました。足をのばしたり、多少態勢を変えながら見れないと苦しいですからね。虫六は職場で使っている骨盤サポートシートBackjoyを持ち込んでみたら(ちらっと見える緑色のやつです)、座椅子なしでも腰が立って楽でした。


○四国こんぴら歌舞伎大芝居
中村芝雀改め五代目中村雀右衛門襲名披露

  平成29年4月8日(土)~23日(日)

【第一部】

福内鬼外 作
一、神霊矢口渡(しんれいやぐちのわたし)

お舟     片岡 孝太郎
傾城うてな  坂東 新悟
新田義峯   大谷 廣太郎
六蔵     片岡 松之助
頓兵衛    坂東 彌十郎


二、忍夜恋曲者(しのびよるこいはくせもの) 将門

傾城如月実は滝夜叉姫 芝雀改め中村 雀右衛門
大宅太郎光圀     尾上 松緑


三、お祭り(おまつり)

鳶頭松吉    片岡 仁左衛門


「神霊矢口渡」ははじめてみる演目。全体はどうやら『妹背山婦女庭訓』のお三輪や『新版歌祭文~野崎村』のお光の役どころにみられる、田舎娘が三角関係と知らずに身分違いな恋をして、結局自分が身を引いて命を落とすというプロットなんですが、なんだか珍奇な話でした。急に気を失ってみたり、白旗で戻ったり、瀕死なのになかなか死なずに太鼓打ったり…と思ったら、これ平賀源内がペンネームで書いたお芝居なのね。なるほど〜。
田舎娘お舟・孝太郎と傾城うてな・新吾の対比が良かったです。

襲名披露の演目は『将門』。
筋書きに常磐津和英太夫さんのお名前があったので、どこどこってなったんですが、残念ながらこの日は出演されていませんでした。
よく考えれば当たり前ですが『将門』って相馬藩の話だったのですね。予習が足りませんでした。作り物の蝦蟇は迫力なくて妖術あるのか〜本当に?でしたが、古風な滝夜叉姫は当代雀右衛門さんにとてもあったお役だと思いました。

そして、仁左衛門さんの『お祭り』。
いやー、この演目はこれまで勘三郎さん、三津五郎さん、仁左衛門さんご本人のも拝見しましたが、そのどれとも違う新鮮な舞台でした。

なんて表現したらいいのかな、まるでマジックや手妻をみているような…。
もちろん粋でいなせな鳶頭、仁左衛門さんは立っているだけで絵になるわけなんですが、そのカッコ良さがとても自然で全く力んでない感じなのです。しかし、仁左衛門さんが踊り出すと、もうちょっとした所作や呼吸によって舞台全体がコントロールされていて、また客席もその息にいつの間にか飲まれていきました。

色っぽいモテ話を披露するクドキの場面では、衣装の変化や使う小物まで美しくて陶然と心を鷲掴みされ、また、やんちゃな連中に喧嘩をふっかけられる場面の「所作立て」といわれる立ちまわりでは、まるでブロードウェイミュージカルのよう(みたこと無いけど)に、全員の動きが一体で見事でした。すべてが仁左衛門さんの身体の延長にあるように感じられました。そして、若い者仁助と争いながら面を被って踊る場面では、おかめ面の仁左衛門さん、白い袖を面の下にやって身体を隠しながら女役になって踊るんですが、このときに袖からちょっとだけ出た指が…たおやかな女性のそれで、うわっ、蓑助さんが使う文楽人形みたいだと一瞬脳内にパチパチしたと思ったら、ぐいっとその世界に持っていかれて夢中でみているうちに、気がつけば仁左衛門さんは鳥屋に消えてゆき、はっと夢から覚めたような感じでした。何だったんだー!?いまのは…。

73才にしてこの色気、そして、この踊り。本当に日本の芸能ってどこまでものびシロがあるんですね。「まことの花」をみた思いでした。

*後日、帰宅してから復習したいなと思い、ビデオデッキを漁っていたら、「古典芸能への招待」で2014年6月の歌舞伎座での仁左衛門さんの『お祭り』を発見!
「先代の勘三郎のおじさんなんかがこの役をやると、いかにも鳶頭って貫禄があっていいんですけど、私がやるとどうしても若頭くらいにしかならなくて…」とインタビューに答える松嶋屋。(いやいやいや、若頭でけっこうです!!!!)それにしてもカメラが撮った映像を編集されてしまうと、実際の舞台を集中してみた時に体験するような「場に飲まれる」感覚って伝わらないのね。うわー、ここでカットしてしまうんですか〜って、もったいない感じでした。)

 とにもかくにも、金丸座で期待以上の仁左衛門丈の舞台を見ることが出来て、遠路琴平を訪れた甲斐がありました。
(できれば今回参加できなかったN姐さんにこの舞台を見せたかったなぁ。)

そんなわけで、舞台がはねたら、急いで帰り足。
千穐楽の夜の部もみるのーっていうKコトラさんを小屋に残し(ずるー!)、我々は狸屋さんでまずは腹ごしらえ…。2日連続で「天おろしぶっかけうどん」。これが好きだから、毎日でもいいの。

帰りは特急「南風」で岡山まで戻り、そこで倉敷コースのI田さんと別れて虫六は新幹線で東京へ。…しかし、怒濤のツアーはこれで終わらないのであった。

2017年5月7日日曜日

白眉なり仁左衛門の『身替座禅』_こんぴら歌舞伎2017弾丸ツアーレポート③

2017年のこんぴら歌舞伎は、仁左衛門丈が座頭の組で「芝雀改め五代目中村雀右衛門襲名公演」であります。

さすが女形の雀右衛門さん、ワコール提供の華やかな襲名幕です。
今日の席は西桟敷2番。いちばんのお大尽席がある2階西桟敷のちょうど真下にあたりますが、この席の脇には小屋の中でいちばんぶっとい柱が鎮座しており、まんまですと舞台の半分が視界に入ってきません。厳しいなぁ …とごちながら、舞台の動きに合わせて、遠慮気味に態勢を変化…私の後ろにギザギザのEXILEモーションが出来ていたかもしれません… (;;;´Д`)ゝ。

金刀比羅宮は今は神社ですが、明治時代に廃仏毀釈が起こるまでは象頭山金光院松尾寺という真言宗の寺院で、いま虫六の頭上にあるお大尽席はそのお寺の別当さまが座るお席だったとの、Kコトラさんの解説…(注:メモして聞いていないので多少違うかも)。
…へえ、別当さまもこの柱は邪魔だったよなぁ、きっと。

でも、芝居小屋の雰囲気は伝わってきて面白いお席です。

○四国こんぴら歌舞伎大芝居
中村芝雀改め五代目中村雀右衛門襲名披露

  平成29年4月8日(土)~23日(日)

【第二部】
一、芦屋道満大内鑑(あしやどうまんおおうちかがみ) 葛の葉

 女房葛の葉/葛の葉姫 芝雀改め中村 雀右衛門
 柵       坂東 竹三郎
 信田庄司    片岡 松之助
 安倍保名    大谷 友右衛門


二、五代目中村雀右衛門襲名披露 口上(こうじょう)

 芝雀改め中村 雀右衛門
 幹部俳優出演


岡村柿紅 作
三、新古演劇十種の内 身替座禅(みがわりざぜん)

 山蔭右京    片岡 仁左衛門
 太郎冠者    尾上 松緑
 侍女千枝    坂東 新悟
 侍女小枝    大谷 廣松
 奥方玉の井   坂東 彌十郎

以上が【第二部】つまり夜の部の番組。

「葛の葉」は女形の大役で、もちろん雀右衛門丈が葛の葉をつとめます。陰陽師・安倍晴明の生母が、実は信田の森に千年も住んでいる白狐だったという「葛の葉伝説」をモチーフにしたお芝居で、正体がばれそうになった女房葛の葉が、赤ん坊をあやしながら、障子に和歌「恋しくば 尋ねて来てみよ和泉なる 信田の森の恨み葛の葉」を揮毫して、狐の正体を現して古巣の森に帰っていくクライマックスが見せ場です。筆を口に加えながら文字を書いたりしてちょっとアクロバチックなんですよね。

とはいえ、前段は柱のほうが気になってなかなか集中できず、けれん味がなくてイマイチ感否めず、最後は面白かったなぁと暖まっていたんです、が…虫六周辺の眼の肥えた方々、扇雀さんは金丸座の掛け筋をつかって宙乗りで消えていった、とか、時蔵さんの文字はきれいだったとか、手厳しいのでありました。葛の葉って、字が上手くないとダメなのね…やれやれ女形も大変なんですね。

口上では、仁左衛門丈が音頭をとって新・雀右衛門の襲名披露、一同列座のご挨拶。

仁左衛門丈が、先代の雀右衛門のおじさまはサングラスに革ジャンでオートバイに跨がって、それはそれはダンディでいらっしゃった…と(当代にそれを求めるのはちょっときびし…と言いかけて、会場笑い、雀右衛門さん苦笑…イジられとる)。そして、「自分の若い時に、先代には相手役に抜擢していただいて、大きな役をいろいろやらせていただいた大恩人です!」と感謝を述べていました。

それを聞いてフラッシュバックしたのは、虫六の歌舞伎観劇初体験。それまでテレビの「芸術劇場」(番組名あいまい)をみてヲタク心を満たしていたものの、本物の舞台を見るチャンスはなく、大学生になって上京の機会が作れるようになり、馳せ参じたはじめての歌舞伎舞台が新橋演舞場の『恋飛脚大和往来』の「封印切」と「二口村」だったのですが、これに出演していたのが、片岡孝夫の忠兵衛と先代雀右衛門の梅川でした。
今思い出してもうっとりするほど綺麗だったなぁ。(…と思いだし、ちょっとググってみたら、なんとその時の舞台とおぼしき映像が!( *≧艸≦*)

六代目成駒屋の権勢の陰で、先代が苦労したお話も何かで読みましたが、上方出身の孝夫時代の仁左衛門も、人気はあるのに本丸の歌舞伎座ではなかなか役が付かなかったという話も有名なので、あの会場が新橋演舞場だったことも理由があったのかなと、今になってみるといろいろ想像が膨らんだりした仁左衛門丈の口上でした。


で、『身替座禅』。
玉の井が岡惚れして一時も離れたくないという気持ちが共感できてしまうほど、美しい山陰右京。これって、ただ美しいってだけではだめで、チャーミングさが大切なんですよね。そういう意味では、勘三郎さんの右京とはまた別の魅力がありました。
恐妻家なのに浮気だけには知恵がまわるダメンズなんだけど、それが憎めない感じ。かつ、育ちはよくて気品があり、あくまで大人っぽい色気。
そういうものが、端正な所作やちょっとした視線の先に雑味なく表現されていて、鳥屋の向こうに好い匂いの花子がいるような、良い気分で過ごしてきた時間の余韻も感じさせて、凄いわぁとうっとりしているうちに、玉の井とのドタバタをこれまた下品にならないように笑わせて、あっという間に幕となりました。彌十郎さんの玉の井も恐妻ながらも芯は乙女なところが可愛くて哀れ。あえて怖い化粧にしないところが良かった。
(あーん、終わってしまった、もったいない…って感じ)
この芝居小屋だからこそ、それが濃縮して感じられたのかも…と思うと、この芝居小屋でこの舞台を見れたことは誠に眼福でありました。
たぶん今生みるべき『身替座禅』をみることが出来たという思い。

満足して小屋を出ようと下足を履いていたところで、頭上に神棚を発見!献げた御神酒に役者のみなさんのお名前がありました。今回、金比羅宮にお参りする時間が取れないので、ここで手をあわせました。(金比羅の神様すみません)

小屋を出てみんなが集まるのをまっていたら、ゴミ清掃車が本日のゴミを回収していきました。すごい量ですね。ご苦労さまです。
いよいよ明日は千穐楽、最後までよろしくお願いします。


2017年5月4日木曜日

サンライズ瀬戸で琴平まで夜行旅_こんぴら歌舞伎2017弾丸ツアーレポート②

平時は高松止まりの「サンライズ瀬戸」ですがこの時期(3〜6月の金曜日と休日の前日の35日間)は、琴平まで行き先が延長されます。

22時発のサンライズ、30分前には入線していました。

今回は2人旅なのでツインでも良かったんですが、サンライズを狙うなら数の少ないツインよりも各自シングルの方が取りやすいぞ(!)という、“テツ道ご指南役”のアドバイスをいただき、IK田姐さんとそれぞれシングルを予約したら、なんと1号車と7号車に別れてしまいまして、しょうがないので3号車のカウンターがあるミニラウンジで軽くビールでも飲んで眠くなったらそれぞれの部屋に帰ろう作戦を決行。早々とミニラウンジに陣取った我ら。…東海道線の車窓を眺めながら、夜は更けていくのでありました。

まぁ、こちらはうまくいったんですが…。あ、シャワー券をゲットしとかなくっちゃ!と思った時は刻遅く、すでに品切れでした。
ちなみにシャワーはデラックスツインには個別に付いていますが、それ以外の個室や座席を利用の人は共有のをシャワー券を買って利用するのです。シャワー券はひとり6分間のお湯が利用でき、途中ストップすることも可能だそうです(使えませんでしたが)。積んでいるお湯の量に限りがあるから、早い者勝ちでもけっこう発行枚数が少ないのね。涙。

でも、こんなチープ感も通常料金の夜行列車なればこそ。高級リゾート列車だとこんなトホホは楽しめません、きっと。

ちょっとお酒も入り、あとは寝るだけーで、自分の個室に戻ってきました。カプセルホテルみたいで、けっこう居心地良くて、わくわく。上段なので窓をあけると宵闇に風景が垣間見えますが、駅を通過するたび眩しいのでシャッターを下ろして布団に潜りました。毛布1枚なので、ちょっと寒かったかな。それから、ずっとゴトゴトいっているし、揺れるので熟睡はできませんですね。

浅い眠りの途中で、大きな駅の気配がして目が覚めて、ここはどこかなとスマホで地図をみたら、ちょうど神戸を通過したところでした。その先に路線が沿岸を通るみたいだったので、窓を開けたらこんな景色が広がっていました。

まだ、朝までは少し時間があるのでもう一寝入り。

放送がなって、もうすぐ岡山に到着です。
おー、朝だ、朝だ。西日本の朝だ。

列車は岡山駅で連結をはずして「サンライズ瀬戸」と「サンライズ出雲」に別れてそれぞれ行き先を別にします。虫六は「出雲」号との境の7号車だったので連結をはずす作業を見学しようかとも思っていたんですが、窓の外にわらわらとカメラを抱えた大勢の人が集まっていくのをみて、少々気後れ…ま、いいか。引っ込み思案の撮影細胞はモチベーションを下げたのでした。

早朝の瀬戸内海、きれいだなぁー。

サンライズ瀬戸が高松に着きました。
実は、IK田姐さんとの昨夜の作戦会議で、高松で下車して栗林公園に寄り道して琴平に入ろうという計画を立てたので、荷物をまとめて列車を降り、改札をくぐろうとしたら、「この切符では下車できません!」とお断りされてしまい、焦って列車に逆戻り。待ち合わせ時間が20分ほどあったので、まずは良かったけれど…。どういうことか?やれやれ。

高松駅に停車中の8000系「特急いしづち」。JR四国と台湾鐵路管理局の友好鉄道協定1周年記念塗装。撮影細胞、復活。

なんだかんだで琴平とうちゃ〜く!
サンライズ瀬戸が到着すると、ほどなく2両編成のディーゼル普通列車が入線してきました。この列車、サンライズが運用されていない期間は電車らしいのですが、サンライズが走ると電力量が足りなくなるのでこの時期はディーゼルが使われるらしいです。

けっこう人がおりました。

宿に荷物を置いてとんぼ返りで、琴電に飛び乗り高松方面に。

せっかくなので、栗林公園を散歩。2時間無駄にした勘定ですが、まあ琴電にも乗れたので虫六的にはOK。それにしても、このお庭でかいです。借景にしているこの山(紫雲山)の安定感がまた雄大さを倍増。

広い上に、ハンパない巨木ばかり…。さすが日本屈指の大名庭園です。

飛来峰という高台からの眺めが絶景でした。

舟に乗ったら楽しかったかも…ですが、あまり時間がないので、みるだけってことで。

IK田姐さんには先に琴電琴平駅まで帰ってもらい、虫六だけお土産を買いに「榎井駅」で途中下車。毎度の丸尾本店に「悦び凱陣」を仕入れに行きました。いつもは品切れで、蔵出ししだい送っていただくのですが、今回は在庫があってラッキーでした。

というわけで、約束の時間となりました。いつもの「狸屋」さんにKコトラツアーの面々が集合。いつもの天おろしうどんで腹ごしらえ。
あ、なに狸屋さん!この麗しいサインは!

やややや、や、や、や、、、、
…うむを言わさず盛り上がっちゃいますね。

また来たよ〜、金丸座!
今年は、片岡仁左衛門丈が座頭の雀右衛門襲名記念公演なのですー!
木戸口くぐって、いよいよ金比羅歌舞伎2007夜の部を観劇します。