2018年2月18日日曜日

玉・仁座のお軽・平右衛門に放心状態_二月歌舞伎座夜の部

「至芸」という言葉がありますね。七代目三津五郎の踊りであるとか、四代目竹本越路太夫の切り場語りであるとか、大成駒屋の女形であるとか、いまや言葉や映像や音源の記録でしか知ることができない名人たちの「至芸」というものに、とても憧れ、その時代に遅れたことをとても残念に思うことがあります。

今月の『仮名手本忠臣蔵』の七段目は、そんな風にのちの語り草になる名舞台だったと思うのです。自分の生きた時代で「至芸」を見ることができたと思えた、そんな玉三郎と仁左衛門のお軽・平右衛門でした。

今回の公演は、奇数日と偶数日とで配役が変わって、お軽=玉三郎(奇数)・菊之助(偶数)、平右衛門=仁左衛門(奇数)・海老蔵(偶数)となっていたせいで競争率が倍になり、また、出演者が多いため後援会が押さえてしまっていたのか、とにかくチケットが超がつく激戦でした。歌舞伎会の先行の売り出し日、一般会員に回って来る頃には、週末と千穐楽にはほとんど空きがなく、10時打ちしてやっと手に入れた席は、1等席ながら2階の東奥。ほとんどオペラグラスが手放せなかったね。

それでも、この舞台を生で観たことは、この先の自分の支えになるだろうと核を得たような気分です。


男女の関係の中でも、兄と妹がもつ独特の親密感というものがあります。艶々した嫌らしさや媚びがない、兄妹という関係の中だからこそ可愛さが引き立ってくる、そんな玉三郎のお軽に思わず惹きつけられました。
仁左衛門の平右衛門は、たぶん、小さい頃からやんちゃな兄で、けっこう不条理な乱暴なんかもかましていたに違いない。でも、妹は、そんな兄に対するあしらい方には慣れており、何よりお兄ちゃんのことは大好きで甘え方も知っている。また、兄も妹が可愛い…という、昨日今日できあがった関係じゃないという肚があり、お互いが転がし合うようなリラックスした演技に、ゆるゆると吸い込まれていくようでした。

「兄さん会いたかったー、会いたかったー」で、胸がキュンキュンしてしまいました。
お軽はお軽なりに、不安で寂しい日々を送っていたのだよねぇ。

でも、兄さんのことは大好きだけど、お軽の頭のなかは勘平さんでいっぱいなのでありますよ。ところがすでに実家では散々なことが起きていて、兄は、妹が気の毒でそれを口に出来ないでいるんだけど、ついにその死を告げてしまうと、これまでのリラックスした空気が一変して、お軽の息が止まる、長い長い間。この息に飲まれて、小屋全体がしーんと息を詰めました。全てが真っ白になったようだった。物音ひとつしなかった。

「間」というよりも、「呼吸」ですね。
会場全体が二人の役者の呼吸に支配されている感じでした。

そこからは、感情の大波小波が押し寄せてきて…急に血流が乱れましたね。なにしろ、思い出すのは11月の仁左衛門の勘平さんですよ。歌舞伎って面白いよねー。はぁはぁ。

幕が上がる頃には放心状態、これを絶品と言わずに、なんと表現したらいいのか。
気迫や迫力で魅せる舞台もありますが、この舞台は力みがない巧さが際立ちました。いつの間にか仮名手本の世界の扉が開いていたーという感じでした。

仁左衛門と玉三郎も、掛け合いを楽しんでやっているみたいでした。

白鸚の大きさのある懐深い由良之助も良かった。二人のことを思う滋味があり、大人を感じさせました。平右衛門、お軽それぞれの絡みの場面も良い感じでした。やっぱり全体に上出来の舞台でした。

当代染五郎君の力弥もとても似合っていました。
気品漂うルックス、所作の綺麗さは好ましいですし、この先、高麗屋の御曹司としてあんな役こんな役もやっていくんだろうと思うと楽しみなわけですが、早野勘平のリアル年齢32歳まであと20年と思うと、これについてはそれまで脳神経を健康に保てるのかと、自分のポテンシャルの方が不安ですよね。

新幸四郎の『熊谷陣屋』ももちろん良かった。
でも、1月の吉右衛門丈の富樫もそうだったらしいですが、今月の仁座・玉の舞台そのものが、幸四郎に対するまさにの餞(はなむけ)なんでしょうね。
先はもう少し長いかも知れないけれど、新幸四郎の円熟期まではたぶん観にいけるだろうと思うので、自分も観客としてもうちょっと成長していきたいものです。

高麗屋には、面白い芝居をたくさん作って欲しいし、また「至芸」と呼ばれる技に到達するまでがんばって欲しい。期待しています。

観劇日はちょうど節分で、『木挽町芝居前』の中で豆まきがありました。2階の隅にもまいてくださいまして、ゲットできました。縁起良し!今年も歌舞伎の神様、どうぞよろしくお願いします。


二月大歌舞伎 夜の部

一、一谷嫩軍記
熊谷陣屋(くまがいじんや)

熊谷次郎直実  染五郎改め幸四郎
熊谷妻相模  魁春
藤の方  雀右衛門
梶原平次景高  芝翫
亀井六郎  歌昇
片岡八郎  萬太郎
伊勢三郎  巳之助
駿河次郎  隼人
堤軍次  鴈治郎
白毫弥陀六  左團次
源義経  菊五郎

今井豊茂 作
二、壽三代歌舞伎賑ことほぐさんだいかぶきのにぎわい)
木挽町芝居前

木挽町座元 菊五郎
芝居茶屋亭主 仁左衛門
茶屋女房 玉三郎
男伊達 左團次 又五郎 鴈治郎 錦之助 松緑 海老蔵 彌十郎 芝翫 歌六
女伊達 魁春 時蔵 雀右衛門 孝太郎 梅枝 高麗蔵 友右衛門 東蔵 秀太郎
表方  廣太郎
役者  錦吾
高麗屋番頭  猿之助
町火消組頭  楽善
木挽町町年寄 我當
江戸奉行  梅玉
太夫元  吉右衛門
芸者  藤十郎

二代目松本白 鸚
十代目松本幸四郎 襲名披露口上
八代目市川染五郎

幸四郎改め白鸚
染五郎改め幸四郎
金太郎改め染五郎


三、仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)
祇園一力茶屋の場

大星由良之助  幸四郎改め白鸚
大星力弥  金太郎改め染五郎
赤垣源蔵  友右衛門
富森助右衛門  彌十郎
矢間重太郎  松江
斧九太夫  錦吾
〈奇数日〉 
遊女お軽   玉三郎
寺岡平右衛門 仁左衛門
  
〈偶数日〉 
遊女お軽   菊之助
寺岡平右衛門 海老蔵

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